福島第一原発から約4キロの近距離にある双葉病院は、単科の精神科病院である。
原発の半径10キロ以内の住民に避難指示が出された3月12日、約200人の「動ける」入院者は速やかに退避した。
しかし、146人の高齢者は院内に取り残される。
病院職員が一人も付き添わない状況の中、自衛隊による必死の救出・搬送が行われた。
ー精神科病院の認知症老人の取り込み体質ー
寝たきり老人を「引き受ける」というより、むしろ寝たきり老人を「作ってしまう」今日の精神科病院の実態がそこに横たわっている。
残存能力を活かしたり、引き出したりするリハビリ的な介護があれば、認知症は軽減されていく。
しかし、精神科病院ではそういうリハビリはまず期待できない。
病棟に閉じ込め管理することで、逆に認知症をどんどん進行させていく。
行きつく先の多くは寝たきりで、弱っていくのも当たり前。
精神障碍者を「危険存在」とみなした国家による隔離収容政策
財政難のため公立精神科病院の建設が進まない中、国の低金利融資などの優遇措置を受けた民間の精神科病院が雨後の筍のように全国各地に乱立した。
日本の精神科病院のベッド数は他の国々と比べてずば抜けて多い。
日本でだけ精神病が流行しているわけではないから、国際的な批判の的になっている。
ただ、高齢化した長期入院者が亡くなっていくとともに多くのベッドが空いてしまうという、経営者にとって新たな問題が出てきた。
長期入院者を抱え込むことで経営を維持してきた民間病院にとっては死活問題。
そこで考え出されたのが、認知症の老人を受け入れ、経営を維持するという方針。
認知症の人に大切なのは「なじみの環境で日々の暮らしのサポート」だという。
しかし、精神科病院の閉鎖的な環境は認知症をさらに悪化させ、「寝たきり老人」を生産してきた。
日本以外の先進国には「寝たきり老人」という日常語や概念がない。
ベッドに寝たままの老人はほとんどいない。
おむつをつけた認知症の老婦人がエレガントに着飾り、車椅子で外出を楽しんでいる。
寝たきりに”なる”のではない。
日本の寝たきりは”作られた”寝たきりなのだ。
コメントはこちら