今この瞬間の輝きを

初のフロントロー

1991年

RS250今シーズン、初めて”新車”を手に入れる。
市販の純レーシングマシン ’91 RS250R

もちろん、写真のようなカラーリングは施されていない。
無垢な真っ白の状態だ。

諸々のスペアパーツ込みだと200万円!
こんなの毎年買い替える余裕などない。
当然、勝負の年にするつもり!!

 

1991.2.24
’91 鈴鹿選手権シリーズ 第2戦  NA-GP250

鈴鹿西コース 1’25.890  予選3位

初めてのフロントロー(スターティンググリッド最前列)だ。
少し前から知り合いになっていた、「徳野政樹」さんが観に来てくれた。
(徳野政樹さんについては、後々紹介します)

 

決勝スタート!

まずまずのスタートから数周後には初めてのトップ争いへ!!
これがまた、毎周1~2度順位を入れ替えるぐらいのデッドヒート!!!
「楽し~ぃ(^o^)」

客観的に自分を見ている”別の自分”がいる。
相手の動きもよく見える。
が、ぶっちぎるのは少々難しそう。「さて、どうすればゴールラインを先に跨げるかな・・・」
ヘアピンまでは後ろにいても、ゴールラインでは前に出れそうなシュミレーションが出来てきた!

と、その矢先、相手のライダーがスプーン入り口で転倒!
労せずトップが転がり込んできた。
ただ、後続とのタイム差が1秒以上開かない。

言い忘れたが、決勝スタート前から雪が降り出していて、路面の方もボチボチ濡れてきているはず。
だが、ペースを落とす気はサラサラない。
いったれ~

レースも残すところあと1周!
と、なるはずの最終コーナー1つ手前のスプーン入り口で、フロントからスリップダウン!!
トップ争いをしていた相手と同じ所で同じ様に転倒・・・

ちなみに、この時点では後続とのタイム差は3秒以上あったらしい・・・
サインボードでは1周前の情報しか知ることは出来ない。
後ろは確認する気もなかったし。

「鈴鹿初優勝」が・・・ さすがに悔しいやら情けないやらで自然と涙が・・・・・・・
恥ずかしくてヘルメットも脱げない。

ヘアピンで観ていた僕の彼女と徳野さんは、優勝を確信して表彰台のタイミングに合わせるべく歩き出していたらしい。実況放送で転倒を知ったようだ。

で、その後の徳野さんの感想
「自分、ヘアピン下手クソやなあ。スピード殺し切れてへんで」
「まあ、それでも頭走っとるんやから、高速コーナーが速いんやろな」

決勝 リタイヤ

ベストラップ 1’25.360
これまでのベストラップは 1’28.971(’89 NSR250RK)

涙のNA初戦であった・・・

 

1991.3.3
’91 全日本F3000選手権シリーズ 第1戦
ミリオンカードカップレース 2&4鈴鹿  NA-GP250

鈴鹿フルコース 2’23.284  予選18位

初戦の時は、バッチリ決まったキャブのセッティングがこの日以降、なぜか「鈴鹿」に限り、まったく決まらないという怪奇現象に陥る。詳しいことは、後々・・・

 

決勝は、まったく覚えがなく、残り2周でリタイヤ
リタイヤしたことさえ覚えていない・・・

ベストラップ 2’21.192
これまでのベストラップは 2’22.915(’89 NSR250RK)

赤旗中断による、9周でのレース成立となったようだが、何も覚えがない。
自己ベストだけは更新したようだが・・・

 

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